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●CVID-TV構想、参考資料

【第八十二条】

裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。
裁判所が、裁判官の全員一致で、公の秩序又は善良の風俗を害する虞があると決した場合には、対審は、公開しないでこれを行ふことができる。但し、政治犯罪、出版に関する犯罪又はこの憲法第三章で保障する国民の権利が問題となつてゐる事件の対審は、常にこれを公開しなければならない。


【第二十一条】

集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。
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【首飾り事件】Wikipedia記述


首飾り事件 Affaire du collier de la reineは、1785年、革命前夜のフランスで起きた詐欺事件。ヴァロワ家の血を引くと称するジャンヌ・ド・ラ・モット伯爵夫人が、王室御用達の宝石商ベーマーから160万リーブル(金塊1t程度に相当する)の首飾りをロアン枢機卿に買わせ、それを王妃マリー・アントワネットに渡すと偽って騙し取った。典型的なかたり詐欺。

●背景

ラ・モット伯爵夫人は、王妃マリー・アントワネットの親しい友人だと吹聴してルイ・ド・ロアン枢機卿に取り入り、王妃の名を騙り金銭を騙し取っていた。

宮廷司祭長の地位にあったロアン枢機卿は、ストラスブールの名家出身の聖職者でありながら、大変な放蕩ぶりでも知られていたためマリー・アントワネットに嫌われていた。だが枢機卿は諦めることなく、いつか王妃に取り入って宰相に出世する事を望んでいた。

宝石商シャルル・ベーマーとそのパートナーであるポール・バッサンジュは、先王ルイ15世の注文を受け、大小540個のダイヤモンドからなる160万リーブルの首飾りを作製していた。これはルイ15世の愛人デュ・バリー夫人のために注文されたものだったが、ルイ15世の急逝により契約が立ち消えになってしまった。高額な商品を抱えて困ったベーマーはこれをマリー・アントワネットに売りつけようとしたが、マリーは高額であったことと、敵対していたデュ・バリー夫人のために作られたものであることから購入を躊躇した。そこでベーマーは王妃と親しいと称するラ・モット伯爵夫人に仲介を依頼した。

●事件

ラ・モット伯爵夫人はこの首飾りの詐欺を計画した。1785年1月、伯爵夫人はロアン枢機卿にマリー・アントワネットの要望として首飾りの代理購入を持ちかけた。伯爵夫人は、前年の夏、娼婦マリー・ニコル・ルゲイ・デシニー(後に偽名「ニコル・ドリヴァ男爵夫人」を称する)を王妃の替え玉に仕立て、ロアン枢機卿と面会させており、彼は念願の王妃との謁見を叶えてくれた人物として、伯爵夫人を完全に信用していた。ロアン枢機卿は騙されて首飾りを代理購入しラ・モット伯爵夫人に首飾りを渡した。

その後首飾りはバラバラにされてジャンヌの夫であるラ・モット伯爵(及び計画の加担者達)によりロンドンで売られた。しばらくして首飾りの代金が支払われないことに業を煮やしたベーマーが、王妃の側近に面会して問い質した事により事件が発覚した。同年8月、ロアン枢機卿とラ・モット伯爵夫人、ニコル・ドリヴァは逮捕された。ラ・モット伯爵夫人はこの時、ロアン枢機卿と懇意であったが事件とは無関係とされる医師(詐欺師)カリオストロ伯爵を事件の首謀者として告発し、カリオストロ伯爵夫妻も逮捕された。なおラ・モット伯爵はロンドンに逃亡して逮捕されなかった。

事件に激昂したマリー・アントワネットは、パリ高等法院(最高司法機関)に裁判を持ちこんだ。1786年5月に判決が下され、ロアン枢機卿はカリオストロ伯爵夫妻、ニコル・ドリヴァとともに無罪となり、王妃と愛人(レズビアン)関係にあると噂されたラ・モット伯爵夫人だけが有罪となった(実際は個人的に会ったことはなかった)。彼女は「V」(「ボルーズ(Voleuse)」で泥棒のこと)の文字を両肩に焼き印されて投獄された。

この裁判によりマリー・アントワネットはラ・モット伯爵夫人と愛人関係にあるという事実無根の噂が広まった。伯爵夫人はこの虚偽の醜聞をもとに後に本を出版し金銭を得ている。

●社会的影響

フランスでは、この事件は事実に反して王妃の陰謀によるものとして噂になり、マリー・アントワネットを嫌う世論が強まった。また国王ルイ16世は判決直後、無罪となったロアン枢機卿を宮廷司祭長から罷免、オーヴェルニュのシェーズ・ディユ大修道院に左遷し国民の反感を買った。但し、ロアン枢機卿はもともと評判の悪い堕落した聖職者だったが、彼の左遷を批判した多くの人々はそれを知らなかった。 史実において事件は、ほとんど世間に出ていなかったマリー・アントワネットの評判を決定的に貶めただけで、彼女の非業の死と関係するのみであった。 ゲーテはこの「首飾り事件」が世間に知れ渡った時、「この空前の罪業によって王室の威厳が葬られ、いわば予めすでに破壊せられたのを私は見た」と語っている。

●フィクションへの影響

①アルセーヌ・ルパンシリーズ関連

文芸作品「女王の首飾り」 - モーリス・ルブランの文芸作品「アルセーヌ・ルパン」シリーズ第1作「怪盗紳士ルパン」の中の1編。この首飾り事件が扱われ、幼き日のアルセーヌ・ルパン最初の犯行対象がこの首飾りである。

映画『ルパン』 - アルセーヌ・ルパン生誕100周年を記念した映画作品。この首飾りが重要なアイテムとして登場する。カルティエが全面協力した逸品である。
テレビアニメ『ルパン三世(アニメ第4作)』第3話およびテレビスペシャル『ルパン三世 イタリアン・ゲーム』 - アルセーヌ・ルパンシリーズから派生した漫画

『ルパン三世』のアニメ化作品。この首飾りがルパン三世のターゲットとして描かれ、またこの事件に関わった人物の関係者が重要なキャラクターとして登場する。

②『王妃マリー・アントワネット』関連

日本では、遠藤周作が『王妃マリー・アントワネット』の中のエピソードとして、この事件について書いている。

東宝が2006年に、この作品を原作として、ミヒャエル・クンツェ脚本・歌詞、シルヴェスター・リーヴァイ作曲のミュージカル「マリー・アントワネット」を制作、帝国劇場で初演した。その中でもこの事件は重要なエピソードとなっている。また、2007年には、「A/L」という題で宝塚歌劇団の宙(そら)組の大和悠河がラブコメディーミュージカルで、上演している。

ここではカリオストロは錬金術師として描かれているものの、狂言回しという立場でもあり、明確に実際の登場人物としては描かれていない。また王妃の替え玉となったニコル・ド・オリヴァは、革命のために立ち上がった「マルグリット・アルノー」としており、「マリー・アントワネット」と同じ「M.A.」というイニシャルでありながら正反対の立場である女性として主役級の役として描かれている。作品中でこの事件は、宝石商シャルル・ベーマー、ロアン大司教、ラ・モット伯爵夫人、そしてニコル・ド・オリヴァ男爵夫人(劇中でのマルグリット・アルノー)の持つ七つの悪徳と、さらにマリー・アントワネット、オルレアン公、ボーマルシェを含めた七人という要素を、カリオストロが調合してこの事件に仕立てたという演出となっている。

③文芸作品

『王妃の首飾り』 - アレクサンドル・デュマによるこの事件を題材にした作品。王妃の陰謀説が取られている。

『大コフタ』 - ゲーテによるこの事件を題材に書いた喜劇戯曲。ここではカリオストロをモデルとする「ロストロ伯爵」を事件の黒幕として描いている。この作品は初演時には、ゲーテの著作としては低い評価しか得られなかったが、「コフタの歌」はこの戯曲の一部にヴォルフが曲をつけたものである。

④映画

『マリー・アントワネットの首飾り』 - この事件を題材にした映画。監督:チャールズ・シャイア、出演:ヒラリー・スワンク、エイドリアン・ブロディ、サイモン・ベイカー、ジョエリー・リチャードソン、クリストファー・ウォーケンなど。

⑤漫画

『ベルサイユのばら』 - 池田理代子の漫画作品。作中で主要エピソードの1つとして用いられている。また、ラ・モット伯爵夫人(ジャンヌ・バロア)の異母妹ロザリー(架空の人物)は、作中を通じて登場する主要人物として設定されており、『栄光のナポレオン-エロイカ』にも登場する。

福田ますみ(ノンフィクション作家)

[2018年10月13日 産経デジタル “ironna”より]


2018年9月25日、36年にわたりわが国の言論界の一翼を担った月刊誌が唐突に、あまりにも唐突にその歴史を閉じた。わが国屈指の文芸出版社、新潮社が発行していた『新潮45』である。ほんの1カ月前まで、この事態を想定した者はいなかっただろう。

私は同誌に17年ほど前から寄稿している。初めて執筆したのは、確か自ら企画として持ち込んだ「狂言犯罪」についてのルポルタージュである。このときの担当者が、今回の騒動で心ならずも最後の編集長になってしまった若杉良作氏である。当時は、『新潮45』の一編集者だった。

彼とは、このときからの付き合いである。いつも原稿を丁寧に読み込んでくれ、適切なアドバイスをくれた。今回のことについて、日ごろから若杉氏に近いところにいた者として、思うところを書こうと思う。

同誌8月号で、「生産性」の記述をめぐり、杉田水脈衆院議員の論文が炎上した。確かにマイノリティーを巡る論において、この言葉を使うのはいささか配慮を欠いたとは思う。しかし、だからといって、この「3文字」だけをあえて切り取って、杉田氏を執拗に糾弾、攻撃し、彼女の所属する自民党本部の周りを大勢で取り囲んで「議員を辞めろ」とシュプレヒコールをし、家族への脅迫まで飛び出す事態に至るとは、どう考えても異常である。

批判も反論も、もちろんあっていい。しかし、あくまで言論の場にとどめるべきだ。ここまでの騒ぎになったのは、杉田氏が科学研究費の問題で左派系の教授を追及したり、慰安婦問題でも国連に乗り込んで、いわゆる「クマラスワミ報告」の撤回を訴えるなど、保守派として活発に活動していたことも影響していると思われる。

つまり、日ごろから彼女の活動を苦々しく思ってきた左派界隈が、ここぞとばかり彼女を叩くとともに、安倍政権批判にまで持っていきたかったのではないか。その証拠に、自民党本部前の抗議デモは、最後には「安倍辞めろ」の大合唱になった。

「政治家であるからには、一部の国民をないがしろにするような発言は良くない」という批判もあった。だが政治家だからこそ、少子化という、国家にとってまさに喫緊の課題に取り組む必要があり、どこに支援の重点を置くか、その優先順位を説明するために「生産性」という言葉を使ったのだと思う。

しかし、休刊の決定打となったのは、10月号に掲載された反論企画「そんなにおかしいか『杉田水脈』論文」が、杉田論文以上に猛烈な批判を浴びたからである。ゲイの当事者2人を含む7人の論文のうち、大きな物議を醸したのは、文芸評論家の小川榮太郎氏の「政治は『生きづらさ』という主観を救えない」という論文であった。

この中に「痴漢の触る権利も認めろ」というくだりがあったと、またこの部分だけ抜き出して猛バッシングが始まったのである。しかし、全文を通して読めば、文芸評論家独特の逆説的で皮肉を効かせた表現であり、問題となった部分はもちろんレトリックにすぎない。小川氏は「『弱者』を盾にして人を黙らせるという風潮に対して、政治家も言論人も、皆非常に臆病になっている」と言う。

LGBTに対しては、この欧米由来の概念がうさんくさいと説く。欧米のキリスト教世界やイスラム世界で、同性愛者は、つい最近まで宗教的異端者とされ、刑事罰の対象であった。あのイスラム国では殺害されていたのである。

対して日本では、歴史上、彼らに対してこのような差別はなく、かなり寛容であった。そのわが国に、欧米のムーブメントをそのまま輸入することの疑問を呈している。

今回の執筆者の一人で、ゲイを公表している元参議院議員の松浦大悟氏によれば、「国際レズビアン・ゲイ協会」は国連に加盟するにあたり、これまでともに活動してきた「米国少年愛者団体」を切り捨てたという。変えられないセクシュアリティを持つという点では、ゲイも少年愛も同じだそうだ。

 つまりは、特殊な性的指向のどこまでを公に認めて支援対象にするか、その線引きが恣意的になされているわけで、LGBTという概念が曖昧なままであることがわかる。

 その松浦氏は、論文発表後、朝日新聞の取材に答えて、杉田氏の文章には間違いもあったが、彼女を差別主義者だとは思わないと言っている。また、もう一人、ゲイをカミングアウトしている、かずと氏も杉田氏の主張に反対せず、LGBTのうちTの一部を除いたLGBは社会的弱者ではない、Tの一部以外は社会的支援の必要がないと書いている。

 当事者2人がこのような主張をしているのである。「差別だ!」と決めつける人たちが彼らの論文をどう読んだのか、ぜひとも聞いてみたいところである。

 休刊前後の話に戻る。私はこの10月号が大炎上しても、まさか休刊はないだろうとみていた。もちろん不安にはなったが、『新潮45』の編集者から「休刊も編集長更迭もない」とはっきり告げられており、編集部からは、次の仕事の依頼も来ていたからだ。

 ところが9月21日の夕方、事態が動いた。それまで静観の構えだった佐藤隆信社長が、異例の声明を出したからだ。

「あまりに常識を逸脱した偏見と認識不足に満ちた表現が見受けられた」。ああこれは、編集部ははしごを外されたな。そう思った。そして、3日間の連休を経た25日の夕刻、休刊が決まった。

午後5時ごろ、若杉氏直々に、私の 今までお疲れさまでした携帯に連絡があった。「休刊になりました」。抑揚のない沈んだ声に「今までお疲れさまでした」と、私もただそう返事をするしかなかった。

社長の異例の声明と休刊に至る背景には、新潮社が抱えている作家や文芸評論家たちの、執筆拒否を盾にした抗議があったからである。作家たちは自分たちを、絶対の正義の側にいると見なしているのだろう。結局、同社は彼らの圧力に屈したのだ。

私は若杉氏と長い付き合いとはいえ、彼のプライベートを知らないし、仕事に関しても、編集部内がどうなっているのか、編集方針や企画の立て方などについても知る立場にない。私が語ることができるのはあくまで彼の一部、記事を共同で作り上げる編集者としてだけである。

「そんなにおかしいか『杉田水脈』論文」の7人の執筆者のうちの一人である藤岡信勝氏が、iRONNAで編集者としての彼の仕事ぶりを称賛しているが、これはいつものことである。

彼は、ライターが仕事のしやすいように、極力バックアップを欠かさない。企画が通り、一つのテーマを割り振られると、すぐさま必要な資料を過不足なく用意してくれる。その資料を読み込む中で、さらに「ここのところの資料がないかな」とつぶやくと、すぐにどこからか探し出して届けてくれる。

かなり遠方の地方取材などにも、可能な限り付き添ってくれた。2人で厳寒の秋田で何時間も、北朝鮮のスパイと疑われた人物の張り込みを続けたことは、今となっては貴重な思い出だ。

ああ、この人は心底雑誌が好きなんだな。雑誌の持つパワーを信じている。そう思わせる熱意を感じた。だから、編集実務においても一度としてミスはなかった。彼に任せておけば安心だった。

「なんだこのゴマスリは」。そう思われるかもしれない。だが、いまさら彼にゴマをすったところで何も出てこない。彼はもはや何の力も持っていないのだ。だから私は本当のことを書いている。

私は、彼の名前でネット検索をすることはしていないが、今回の事件について調べているといや応なく、同誌で仕事をしていたとおぼしき人たちが、彼の過去暴きをしているのに出くわす。水に落ちた犬を叩く行為だ。そしてその多くがデマである。

 雑誌『噂の真相』の後継をうたう、なんとかいうニュースサイトがある。今回の事件について、いかにもこれが「真相だ」とばかり、新潮社の社員(?)にこう語らせている。


「若杉良作編集長は、右派思想の持ち主でもなんでもない。上の命令に従順に従うタイプ。最近のネトウヨ路線も、売れ行き不振の挽回策として、担当取締役の酒井逸史氏から命じられていた感じだった。酒井取締役は元『週刊新潮』の編集長でイケイケタイプですからね。10月号の擁護特集も酒井取締役が事前にGOを出している。会社は役員が読んだのは発売当日になってからという意味のことを言っていたが、そんなわけがない。少なくとも酒井取締役は事前にゲラも読んでいると思いますよ。それどころか、『ここで反論すれば売れる』と企画そのものを焚きつけた可能性もある。」


全くのフェイクニュースだ。これでは編集長はロボットかでくの坊である。そもそも新潮社には、互いの編集権には干渉しない不文律があり、各編集部は完全に独立している。役員があれこれ指示することができないし、第一、編集部は人手不足で、部外者が事前ににゲラをチェックする時間的余裕もない。

このニュースサイトは結局、責任は一編集部などにはなくもっと上の方にある。社長以下、社員全員で土下座でもしろということなのだろう。

ここでも触れているが、「16年9月号から若杉編集長が就任以来、『新潮45』は極右路線、過激路線に大きくかじを切った」という批判がある。そしてこの路線を突っ走った揚げ句に、今回の「差別事件」を引き起こしたというのだ。

しかし、新潮社の報道姿勢は本来、いわゆる「新潮ジャーナリズム」という言葉があるくらい、偽善を嫌い、建前の裏に潜むどす黒い本音をえぐり出すというものだ。『新潮45』も例外ではない。間違っても、ポリティカルコレクトネス(政治的正しさ)を忠実に守る左派的な優等生雑誌ではなかった。

確かに、部数低迷は深刻な問題だっただろう。しかし、誰が編集長を引き受けても、この状況に歯止めをかけるのは無理だったと思う。

若杉氏がこれをどのくらいプレッシャーと感じていたかはわからない。ただ、あれこれ試行錯誤をした結果、ある程度手応えをつかんだのが朝日新聞批判であり、野党批判だったということだ。もともと、朝日叩きなどは『週刊新潮』のお家芸であり、それが系列雑誌に移行したにすぎない。

若杉氏自身が戦後民主主義に対する懐疑派であり、自身の思想信条を曲げて、売り上げのために「悪魔に魂を売った」なんてことは間違いだ。

ただし彼は、右派も左派もぶっ飛ばすユニークな言論で売り出し中の評論家の古谷経衡氏や、「安倍政権の本質はカルトである」と主張する哲学者の適菜収氏をも重用する柔軟性も持ち合わせている。他の連載執筆陣にもリベラル派がいる。

つまり、読者は、特集で安倍政権を持ち上げる言説を読んだ後、連載執筆陣の安倍叩きを読まされるわけで、極端に走ったといえるほどの紙面構成には実際はなっていない。

 それだけ言論に幅があるとも、過激さが中和されるともいえるが、中途半端であることは否めない。その点で、右派論客で固められた『月刊Hanada』や『WiLL』などには売り上げで及ぶべくもなかった。

また、ある評論家が「かつてはノンフィクション路線の雑誌で取材費もかかったけど今のやり方なら取材費ゼロ」などと訳知り顔で語っているが、もしそうなら、ノンフィクション専門の私など、とうにお払い箱になっている。

 若杉氏がノンフィクションにも力を入れる姿勢は全く変わっていなかった。私はつい最近まで、同誌でルポを何本も書いている。時間も金もかかる厄介なテーマだったが、若杉氏は取材費に全く上限を設けず、あらゆるサポートを惜しまなかった。

 杉田氏の論文が掲載された8月号にも、福島県における子供の甲状腺ガン「多発」のタブーに切り込んだノンフィクションライターの上條昌史氏による「放射能不安を煽って生まれた福島『甲状腺がん災害』」という良質なルポを掲載している。残念ながら反響はさほどなかったようだが、こうした意欲作さえ、あの「ヘイト雑誌」に載ったというだけで葬り去られるとしたら残念である。

 しかし、今回のことで若杉氏に物申したいこともある。結局、『新潮45』は雑誌としてLGBTの問題をどう捉えているのか、編集部の見解を聞く機会がなかったことだ。10月号で、「そんなにおかしいか『杉田水脈論文』を掲載した際、7人の論文の頭に堂々と、「編集部はこう考える」という一文を掲げるべきだったと思う。

 私事で恐縮だが、私は若いころから10年ぐらい前まで、よく新宿の2丁目に通っていた。常連の店が何軒もあった。すべて店を仕切っていたのはオカマのママである。彼女(彼?)たちの毒舌を聞くのは刺激的で楽しく、こちらも負けずに舌戦に加わった。でもとても仲が良かった。

 今振り返ってみて、彼らは弱者であろうか。支援が必要な差別の被害者であったろうか。もちろん、生きていく上でつらいことも多かったとは思う。しかし彼らはたくましく生き抜いていた。おそらく、自らを弱者だと思ったことはないだろう。結局みな同じ人間ではないか。

 ちなみに私も、杉田氏流に言う「生産性がない」人間である。結婚もしない、子供も持たない私は、彼らと飲み交わすうちに、互いの持つ孤独感に似通ったものを感じ、まったく勝手な連帯感を抱いたこともあった。

 杉田氏の論文が「差別文書」として事実上封印されてしまった以上、今後、LGBT支援を巡る自由な意見交換はしにくくなるだろう。誰も「差別者だ」と糾弾されたくないからだ。しかしそういう状況が、LGBTの当事者にとって決して良いこととは思われない。

「今回の弱者は、たった1万6千部しか発行していない、不当なバッシングに対抗するすべもない『新潮45』と、当事者なのに全く意見を汲み取ってもらえなかった俺ら普通の性的マイノリティーだよ。」


 こんなツイートが私の目に留まった。私は、『新潮45』で仕事ができたことを誇りに思う。


●福田ますみ
ノンフィクション作家。昭和31年、横浜市生まれ。立教大卒業。専門誌、編集プロダクション勤務を経てフリーに。犯罪、ロシアなどをテーマに取材、執筆活動を続ける。著書『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』で第6回「新潮ドキュメント賞」受賞。ほかに『暗殺国家ロシア』『モンスターマザー』(以上、新潮社)など。


9月16日、シネマハウス大塚(東京都・JR大塚駅近辺のミニシアター)にて、シネリベルテ・ランディ上映会が行われます。

今回、そのテキストを発表しておきます。





●今回の上映会の企画は、『ザ・コーヴ』上映を推進した者達が杉田水脈議員の発言を掲載した『新潮45』を廃刊に追い込んだことに対する憤りから始まりました。しかし『週刊新潮』、そして『週刊文春』の捏造報道による皇室攻撃、特に『新潮45』を潰した新潮社の社員、新潮社から自著を出している作家、翻訳者達が秋篠宮家攻撃に全く何も言わない状況を見るにつけ、言論村の腐敗が想像以上であることを痛感したのです。

では、名誉毀損の重罰化と、皇室のような名誉毀損で提訴出来ない人達の尊厳(天皇皇后両陛下と皇族には選挙権も被選挙権もないのだから人権はない。しかし、尊厳はある)を守る為の提案をさせていただきます。


【無署名記事・無署名番組に対する巨額慰謝料請求案】

週刊誌の記事で署名記事は殆ど存在しない。それも小さなコラムというのならまだしも、“本誌特別取材班!!”と銘打った冒頭の特集記事ですら無署名記事である。否、全て無署名記事と言っても過言ではない。

『週刊新潮』『週刊文春』の皇室記事で署名記事は一つも存在しない。また、記事の中には“宮内庁職員”“皇室関係者”“よく知る人(なんだそりゃ💢)”という匿名の人物達が度々登場する。

記事を書いた執筆者の名前がない。証言者が匿名。更に記事を読んでいけば、存在するかどうか分からない謎の証言者がまた聞きの話(「~で、あったようだ」「~らしい」という表現)を披露し、謎の証言者のまた聞きの話を元にした憶測を書いている。これが本当にプロの仕事なのだろうか?

全てが匿名である『週刊文春』『週刊新潮』の記事は、匿名掲示板の書き込みと同じなのだ。匿名掲示板の“便所の落書き”を『文春』『新潮』という綺麗なパッケージに包んで売り付けているだけである。

昨今、ネットに書き込まれる匿名の誹謗中傷ですら訴訟案件になるというのに、週刊誌(そしてワイドショー)が「週刊誌だから」という理由で許されることがあっていいのだろうか。

名誉毀損の損害賠償にも“相場”というものはある。しかし、「無署名記事」に対しては、現状の名誉毀損の条文に―――、

「無署名記事・無署名番組に対する名誉毀損慰謝料請求は、無制限とする。無署名記事・無署名番組はただの誹謗中傷であり、信頼性は全く無い。また、新聞・週刊誌・月刊誌・TV番組等のタイトルを決定した人物の名を表記しない記事・番組も無署名記事・無署名番組とみなす。」

このような一節を入れるだけで劇的に変わるのではないだろうか。

署名記事、そして「署名番組」に関しては、現状の名誉毀損と同様の手続きと慰謝料額でよろしいかと思っている。


※「無署名記事」は誰もが理解されると思いますが、「無署名番組」という言葉は御存知ないと思います。「無署名番組」とは今回作った造語です。

ワイドショーやニュースの司会者やコメンテーターの顔や発言はTVを見れば分かります。しかし、実際の番組を作っているプロデューサー・ディレクター・放送(構成)作家を知ることは出来ません。

ワイドショーやニュースが始まる直前、プロデューサー・ディレクター・放送(構成)作家、そして新聞のTV欄のタイトルを決めた人物の名前をテロップで流す番組を「署名番組」、そんなものを全く流さない番組を「無署名番組」と定義するのはどうでしょう。

そう定義すれば、全ての番組は「無署名番組」になってしまいます。実際に作っている人間達の姿が見えないから、異常な番組制作が進行してしまうのではないでしょうか。


【代理提訴の提案、代理提訴法廷のTV・ネットライブ中継】

『週刊文春』『週刊新潮』が、ここまであからさまな皇室攻撃が出来るのは、皇室が絶対に反撃出来ないことが分かっているからです。同じことは、首相に関しても言えます。

普通の人だったら名誉毀損になるような案件が皇室や首相となると、全く遠慮なしで攻撃出来る状態は異常です。

ただ、戦前の「不敬罪」を復活させることは不可能です。また、「(TVや週刊誌による)首相に対する批判が事実無根と言うのなら名誉毀損で訴えろ」という批判は、事実上首相はそんなことは出来ないのを分かっていながら言う卑怯者の言い草です。

皇室に対して節度ある意見表明が出来るようにする。女系天皇容認論や天皇制廃止論を掲載する雑誌・番組があっても、それは意見表明なのだから、読者視聴者がその意見に対して賛否を言えばいいだけです。

今回問題にしているのは、『週刊文春』や『週刊新潮』が反論出来ない人達相手に全くのデマ記事を垂れ流している行為なのです。

また、首相に対して批判するのは問題ありません。デマ捏造が問題なのです。絶対にデマの垂れ流しは許さない。そのような状態にするにはどうすべきか。

1つの提案として、「代理提訴」という行為を合法化するのはどうでしょうか。


(a)「天皇・皇后両陛下及び皇族の方々、内閣総理大臣、衆参両院議長、最高裁判所の裁判官(最高裁長官のみならず、最高裁判所の裁判官全員)の名誉毀損に対しては、直接の利害関係のない者であっても、日本国籍を有する者ならばこれらの方々に成り代わって代理人として提訴出来る。

なぜならば皇室は国民統合の象徴、三権の長は国民の代表なのだから、直接の利害関係がなくても日本国民ならば名誉毀損の代理人として提訴する権利がある。

(b)代理提訴をする場合は裁判所に“供託金”を預けておかなければならない(金額に関しては、どれほどの額かは正直決めかねています)。但し、「無署名記事」「無署名番組」の場合は供託金は必要無しとする。

(c)代理提訴によって勝訴しても、慰謝料は代理提訴人には入らず“本来の原告(つまり皇室や首相など)”に支払われる。

(d)代理提訴人が勝訴した場合、それまでかかった訴訟費用(弁護士費用は当然全額認められるが、裁判に必要な様々な資料代も領収書を裁判所提出し裁判所が認めれば訴訟費用として認める)は被告から支払われる。また、裁判所に預けている“供託金”は全額返納される。

(e)“本来の原告”が慰謝料の受け取りを拒否した場合、慰謝料は全て国庫に納められる。

(f)代理提訴法廷はTV・ネットでライブ中継しなければならない。


※『文春』『新潮』の卑劣な皇室攻撃を見るにつけ、代理提訴という考えが現実的だと思うようになりました。皇室はどれほど貶められても名誉毀損で訴えることは出来ないのだから。

ただ、代理提訴をスラップ訴訟に利用されるのを防ぐ為にはどうすればよいのか。

裁判所に“供託金”を預けるという制度にすればいいかと思いました。ですが、供託金なんてものともしない手合いがいます。また、代理提訴を悪用させないようにする方法として、代理提訴法廷は全てTV・ネットによるライブ中継を考案しましたが、スラップ訴訟を行う人間には、供託金もライブ中継も効果はないかもしれません。しかし、それでも現在行われている、そしてこれからも行うであろう『週刊文春』『週刊新潮』の卑劣な捏造攻撃を抑止するにはこのような方法しかないと思うのですが、如何でしょうか?


【なぜ「無署名」に対して苛烈なペナルティを与えなければいけないのか】

「名誉毀損重罰化」も「代理提訴」も、無署名記事・無署名番組に対してはかなりのペナルティを与えるようにしています。

ジャーナリストが情報源を秘匿するのは当然としても、記事の執筆者まで匿名であってよいのでしょうか。

匿名の記者が、匿名の情報提供者の話を元に誹謗中傷を書き連ねることが週刊誌ビジネスでは通用してきました。そして、その週刊誌とワイドショーが連動しています。

捏造ジャーナリズムは本当のジャーナリズムを殺します。「無署名」に対する名誉毀損高額慰謝料、代理提訴、そしてメディア裁判のTV・ネット公開と保存の義務化、それらは一見メディアに厳しい条件を突きつけているように見えます。しかし捏造メディアや、自らの顔も名前も公表しない卑劣な自称ジャーナリスト達を放置する行為の方がはるかにメディア、そしてジャーナリズムを殺す結果になるでしょう。

現在、『週刊文春』『週刊新潮』が皇室に対して行っている攻撃の数々(『週刊文春』は、美智子皇后陛下をバッシングにより一時的に失語症にし、雅子妃殿下へのバッシングを主導し、秋篠宮家叩きでは紀子妃殿下をターゲットにしています。『週刊文春』の皇室攻撃は、昨日今日始まったことではないのです)を、『新潮45』を廃刊に追い込んだ作家達はどう思っているのでしょうか。

特に新潮社の社員達は、歴史に残る素晴らしいドキュメントを『新潮45』が何度も掲載した過去を少しは思い出した方がいい。



===END===

こういうのを考えましたm(__)m


【CVID‐TV構想概要】


CVID-TV構想とは、国営動画配信プラットフォームを作れないかというところから生まれた構想です。

CVIDとは―――、

【Correct(正確), Verifiable(検証可能), and(且つ) Irrerersible(不可逆的), Delivery media(配信メディア)】

の頭文字を並べたものです。

これは言うまでもなく北朝鮮に突き付けた核放棄構想、

CVID【Complete(完全), Verifiab(検証可能), and(且つ) Irrerersible(不可逆), Dismanflement(核放棄)】

のパロディです。ただ、パロディといっても意味はあります。

最近、ワイドショーのコメンテーターから「北朝鮮に核を持たせよ」という意見を度々聞くようになりました。

北朝鮮の核武装を認めれば緊張緩和に繋がるという意味不明な意見です。北朝鮮の核武装が緊張緩和に繋がるなんてことは絶対に有り得ないという思いから、CVIDという名称を使いました。


《CVID‐TVの設定》


(a)CS放送のように多数の専門チャンネルを並行してネット配信するようにする。

ビデオ・オン・デマンド方式とは異なりチャンネルごとに予定された番組表に従って配信する(番組表通りに配信される番組を、今後レギュラー配信と表記する)。放送局方式の形態で番組を配信していく。


(b)配信番組は、民間の番組制作会社、映像コンテンツ会社を公募し、CVID-TV配信会社として合格した映像コンテンツ会社が番組を配信出来るようにしていく。

配信会社は、1日2時間自社制作の番組を配信する。1年365日、事故や災害、犯罪に巻き込まれるような不可抗力な事態が起きないかぎり決められたレギュラー配信の時間帯に必ず番組を配信しなければ、CVIDに配信出来る資格を失う。

配信会社が反社会的組織の支配を受けた場合も資格を失う。但し、反社会的組織の構成員への取材は問題とはしない。

※1社1日2時間のみの配信としたのは、民間のプラットフォーム業者を圧迫しない為です。もし気に入った配信会社の番組を2時間以上見たいと思えば、YouTubeやニコニコ動画を見に行けばいい。一方で、たとえ2時間といえども毎日新しい番組を制作し配信し続けるのは、本格的な番組制作会社でないと難しいので、「毎日2時間必ず番組を配信する」という基本ルールを設定しました。


(c)配信番組に関して。

映画・ドラマ以外の過去に配信した番組をレギュラー配信枠で再配信することは認めない。映画・ドラマも、一度CVIDで配信した番組は、3年間はレギュラー枠での再配信は出来ない。

映画・ドラマ以外の番組のレギュラー枠での再配信は認めないが、過去に配信した番組を「何時でも」「何処でも」「誰でも」番組検証が出来るように、アーカイブとして保存しなければならない。

※過去の番組をアーカイブで保存することを義務化することが、CVIDのV(verifiable 検証可能)とI(Irreversible 不可逆的)の意味です。アーカイブ保存義務があれば、都合の悪い番組を消去し、最初から無かったことにするような卑劣な真似は出来なくなります。

アダルト、パチンコと賭博産業紹介番組(ギャンブルをテーマにしたドラマや映画ではなく、現実に存在しているパチンコ店や賭博場)は、CVIDでの配信は許さない。また、貸金業や風俗業の宣伝番組も認めない(こちらも、ドラマや映画といったフィクションなら問題はない)。

CVIDに配信出来る番組は、映画のレイティングシステム方式をとり、PG−12指定(12歳未満の鑑賞には、成人保護者の助言や指導が適当とされる指定)までの番組しか配信出来ないとする。PG-12以上のレイティング指定された番組、いわいるR指定の番組は配信出来ない。

但し、配信会社がCVID以外の動画プラットフォーム(YouTubeやニコニコ動画等)に配信する番組がR指定であっても、それは問題ではない。

政治報道に関しては、中立である必要は全くない。但し、現政権の支持不支持、どの政党を支持しているのか、どの政党を支持していないのか、配信会社としての見解を公式に表明しなければならない。


(d)インタビューと記者会見場でのルール。

インタビュー映像と記者会見映像は、ノーカットで配信しなければならない。レギュラー配信枠の時間帯でノーカット映像を配信出来ない場合、アーカイブ枠でノーカット映像を配信しなければならない。

また記者会見を配信するときは(ライブ中継配信であれ、録画配信であれ)、会見を行う会見者のみならず、会見者に質問する質問者の映像も配信しなければならない。映像画面を二つに割り、視聴者が会見者と質問者を同時に見れるようにする。

※記者会見場では、質問する記者から見た会見者の映像しか視聴者は見ることが出来ない。しかし、会見者の側、あるいは会見場の両サイドにもカメラを設置し、誰が何を質問したかを視聴者に見えるようにする。これも義務化していかなければならない。


(e)クロスオーナーシップと地上波テレビ参入の禁止。外国資本参入に関して。

クロスオーナーシップとは、特定資本が多数のメディアを傘下にして影響を及ぼすことをいう。CVIDに参入している配信会社は、互いに株式の持ち合い、即ちクロスオーナーシップをしてはならない。株式の持ち合いが発覚した場合、即刻CVIDから退場する。

※例えば、Amazon日本法人とNetflix日本法人がお互いの株式を持ち合っていたとしたら、AmazonとNetflixで1つの配信会社とみなす。この2社の法人で1日2時間のみの配信とする。

地上波テレビ局は、CVIDに参入することは出来ない。また、地上波テレビ局と資本提携している配信会社も参入は出来ない。

外国資本は、特定の条件を満たせば参入出来る。


(f)CVID使用料と、CVID視聴機能を付けたテレビへの税制優遇措置。

CVID-TVへの参入料は、1年間で1千万円とする。

現在、通常のテレビからでもYouTubeやAbemaTVのようなネットTVを視聴することが可能になっている。しかし、殆どの人はテレビでネットTVを見る人は少ない。だが、CVID放送対応テレビを購入した者に対しては一定のポイントを付与し、これを使って他の電化商品等を購入できるようにする。もしくは、ポイントを貯めれば課税に対して優遇される。


(g)国連NGO監査チャンネル案と、憲法82条メディア裁判チャンネル案

先述してきた通り、CVID-TVは基本的には公募で合格した民間の番組制作会社が制作したコンテンツを配信する方式がベストである。但し、政府が直接制作し、全国民が視聴出来るようにしなければならない番組もある。

(国連NGO監査チャンネル案)
国連などの国際機関で日本代表団が何を喋ったか、日本のNGOが国連の各委員会で何を主張しているのか、国連の各委員会が日本に対してどのような態度で接しているのか、足すことも引くことなく有りのままの姿を24時間ネットでライブ中継を行う。各委員会のライブ中継が終わったあと、24時間以内に字幕を付けて公開する。

国連(そして、その他の国際機関)に現在払っている分担金が正当な金額なのかを国民に判定してもらう。また、国連で活動しているNGOの活動も国民に有りのままを見れるようにする。

(憲法82条メディア裁判チャンネル案)
裁判は原則TV中継もネット中継も出来ない。しかし、憲法82条は「裁判公開」の原則が書かれている。

82条は、政治犯と出版関係(即ちメディア)の裁判は「公開」しなければならないとわざわざ記されている。その82条の精神に則ってメディア関連の裁判(特に名誉毀損裁判)をネットでライブ中継を行う。

国連NGO監査チャンネルも憲法82条メディア裁判チャンネルも、両チャンネルともに著作権はフリーとする。一度配信した映像は、アーカイブに永久に残す。


【言論のインフラを守る為、そして多国籍IT企業との交渉機関としての国営動画配信プラットフォーム】

YouTube本社に組織的な攻撃をかけて保守系動画サイトを削除させた“削除祭り”、『新潮45』廃刊騒動、この二つの事象を見てつくづく言論インフラを守る必要があると痛感しました。

地上波TVが真の言論インフラとしては全く役に立たない状態である現在、SNSやYouTubeといったネットメディアは、貴重な言論インフラです。しかし、ネットは組織的攻撃でインフラ自体を潰せることが分かってしまいました。

簡単に潰せない言論インフラとして、政府が管理する国営の動画配信プラットフォームが必要だと感じたのです。しかし、政府が動画プラットフォームを作るという提案自体には二つの問題があります。

第一に、民間IT企業を圧迫しないかということ。国営プラットフォームでは、1社が1日2時間のみの配信という縛りをつければいいと思いました。

第二に、国営ということで、政府に批判的な配信会社が参入出来ず、結果は政府の広報番組にしかならないのではないかという懸念です。こちらは、「参入・排除」のルールは抽象的表現を一切なくして具体的な文言を明記する。そしてルールの内容は、中学生でも理解出来る誰にでも分かる言葉で書く。


また、多国籍IT企業と各コンテンツ会社、あるいは個人が交渉を行うのは不可能です。個人、各コンテンツ会社の代理人として多国籍IT企業と交渉する役割も、国営プラットフォームには担って欲しいのです。

言うまでもなくYouTubeやFacebookといったIT企業は民間企業であり、民間企業の無料サービスを使用しているのだから、投稿動画を削除するしないの判断はそれぞれのIT企業の自由かもしれません。しかし、彼等が少なくとも日本国内で活動出来るのは、日本国内の通信インフラを利用しているからであり、それら通信インフラは国民の税金で運営されています。ならば、投稿動画を削除するかしないかの判定は可視化すべきです。


自らの顔と名前をさらさない者による他者の批判、他者の断罪は言論ではありません。『週刊文春』『週刊新潮』のような捏造であり、ただの「便所の落書き」です。



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プロフィール

国策映画研究家 & 緬流(ミャンマー)映画専門ライター   【播磨真悟】

Author:国策映画研究家 & 緬流(ミャンマー)映画専門ライター 【播磨真悟】
母校である地元公立中学校では読み書き計算以外何一つ学ばなかったが、代わりに映画、アニメ、、小説、漫画からは大いに学ばしてもらった。とりわけ『機動戦士ガンダム』の監督で知られる富野由悠季氏が最初に総監督として手掛けたTVアニメ作品『無敵超人ザンボット3』は日本アニメ史上の最高傑作と評価している。また、江戸川乱歩、谷崎潤一郎、三島由紀夫、眉村卓、そしてアイザック・アシモフの小説にも育てられたと思っている日本国民。

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